『ぞうのパレード』
朝昼晩の一日三回、
犬のおまわりさんが自転車に乗ってパトロールをするおかげで、
商店街の平和は保たれていました。
犬のおまわりさんが眠る夜のあいだ、
街を守っているもうひとりの用心棒がおりました。
夜の商店街を守っているのは、ぞうの親分。
ぞうの親分は、ぞうさん組の若い衆といっしょに、
暗い夜道をのっしのっしと歩き、
悪いことをしている人はいないか、
もめごとが起こったりしていないか、
くぼんだ小さな目を光らせていました。
そしてもめごとがあったときには、
話し合いでもって穏便に解決させました。
たとえ血なまぐさい騒動になっていても、
ぞうの親分が「パオーン」と雄叫びをあげれば、
騒ぎはすぐに鎮まりました。
ぞうの親分が本気で怒ると、
その長い鼻でぎゅっと巻かれ、
指一本どころでは済まされないことを、
みんなはよく知っていたのです。
夜の商店街で働く人々は、
自分たちを守ってくれるぞうの親分に、
りんごとバナナでお礼をしました。
りんごやバナナが入った箱の中には、
時折現ナマも入っていましたが、
ぞうの親分は興味を示しませんでした。
それは甘くないし、お腹もいっぱいにならないからです。
ぞうの親分は、仲間たちからも、
たいへん慕われていました。
若い衆たちは、親分の体をワラでなでたり、
ぬるま湯のシャワーを浴びせたり、
大きな背中に大きな昇り龍を彫ったりと、
とても大切にしました。
全国津々浦々の同じ稼業の人たちも、
「ぞうのおじき」と親しみを込めて呼び、
りんごやバナナを持って、親分に会いにやってきました。
しかし、昼の商店街で働く人たちは、
ぞうの親分とは仲良しではありませんでした。
長い鼻に巻かれてチッソクしてしまうのではないか、
白い大きな牙で刺されるのではないか、
身に覚えのない借用書をふりかざされるんじゃなかろうかとビクビクし、
すれ違うだけで足がすくんでしまいました。
ぞうさん組が商店街から出ていってくれないものかと、
追放運動に精を出す者もおりました。
ある日、ぞうの親分が、珍しく昼の商店街に現われました。
みんなはいつものように、知らぬふりをしていました。
すると、小さな女の子がひとり、親分に向かって走っていきました。
大人たちがハッとしていると、女の子は転んでしまいました。
それに気付いた親分は、女の子を鼻で抱きかかえ、
背中に乗せてあげました。
女の子はたいへん喜び、
女の子のお母さんは慌てて果物屋さんでりんごとバナナを買って、
親分に差しだしました。
親分は、それをおいしそうに食べて、
「ぱおん」と一声鳴きました。
これをきっかけに、ぞうの親分は、
昼の商店街のみんなとも仲良くなりました。
「のむ、うつ、かう」をしない真面目な性分であること、
カタギには指一本触れないこと、
ケンカは強いが女の涙には弱いこと、
Vシネのモデルにもなったことなど、
親分に関するいろいろなことが分かってきました。
みんなと仲良く暮していた親分ですが、
ある時とんでもないことをしでかして、
海外に逃れることとなりました。
親分は「サバンナがいい」と思いました。
ドンパチとは無縁のアフリカの大地にいだかれ、
静かに余生を過ごしたかったのです。
昼の商店街のみんなも夜の商店街のみんなも、
親分がいなくなることは大反対でした。
背中に乗って散歩ができなくなるし、
熾烈な後継者争いも避けては通れないからでした。
しかし、親分はひとりサバンナに帰ることになりました。
親分にこれまでの感謝の気持ちを伝えたいと、
商店街をあげてのさよならパレードが企画されました。
メインストリートに赤いじゅうたんが敷かれ、
両わきには、親分へのプレゼントを持った商店街の人たちと、
全国津々浦々からやってきた大勢の「親分」たちが並びます。
鼓笛隊の演奏がはじまり、
その後ろをのっし、のっしと貫録たっぷりに歩く親分。
真ん中くらいまで進んだころ、
「待ってください」
という女の声が聞こえました。
親分は振り返り、鼓笛隊は演奏をとめました。
そこには、親分が経営していたスナックの雇われママが、
旅行かばんを持って立っていました。
紫の着物を着たうりざね顔のママは、
「私もついていきます」
と言いました。
「サバンナは危険だ。お前を連れていくわけにはいかない」
と親分は尻尾ではらいのけました。
ママはよろけながらも
「惚れた男と一緒なら、ライオンもチーターも、恐いものなんておまへん」
と気丈に言いました。
親分は四本の足をゆっくりと折り曲げ、背中を低くしました。
そして静かな声で
「のりな」
と言いました。
商店街は大きな拍手に包まれました。
さあパレードの再開です。
ママも背中の上から手をふり、
それはそれは、オリエンタルな花魁道中のようでありました。
ぞうの親分が去ったあと、
ちょっとした抗争がありましたが、
犬のおまわりさんのがんばりによって、
商店街はいつもの生活を取り戻しました。
今では、ナンバーツーだったトナカイのアニキが、
組をとりしきっています。
赤い鼻が狙い撃ちされやすいことと、
年末に留守がちになること以外は、
何の問題もありません。
今日も商店街のみんなは、昼夜を問わず、
平穏無事に暮しています。
書き手 山田