『ツノの生えたマダムのいる店 マダム』

いらっしゃいませ。
吉岡さん、お待ちしてましたわ。
あら、お連れ様?学生のときの・・・出張で・・・まあそうなの。
どうぞこちらのお席へ。
お友達連れてきてくださるなら、言ってくださればよかったのに。
もうちょっとお洒落してきたわ。
・・・あらあら、お上手だこと。
おふたりとも、お水割りでよろしいかしら?
トモミちゃん、吉岡さんの、いつものおねがーい。

今日はね、美容院に行ったばかりなのよ。
ほら見て、研ぎたて。
この間よりも、とんがっているでしょ。
こらこら吉岡さん、タッチはお断りよ。
はい、それでは、かんぱーい。

はじめまして、わたくし、
この『ツノの生えたマダムのいる店 マダム』のママで、
みなさんからはマダムって呼ばれております。
吉岡さんの後輩にあたられるのね。
これといった取り柄のないお店なのに、
わざわざ熊本から来てくださるなんて、うれしいわ。

・・・ええ、吉岡さんとはもう二十年来のお付き合いなんですよ。
出会ったころは、吉岡さんもまだフサフサで、
私のコレもピンピンで。
ええ、今の倍くらいあったかしら。
真っ白で、ピンと立っていたのよ。
いいえ、これどころじゃなく、もっと。

若いころは吉岡さんも
「触らせろ、触らせろ」ってしつこかったけど、今は全然。
お互い老けちゃったわ。
・・・ま、うれしい。ツノをほめていただくなんて、久しぶり。
そう、美容院でね、研いでいただくんですよ。
いつもはひと月に一度くらいなんですけど、
昨日そこの前の道を歩いていたら、小鳥につつかれてしまって。
・・・ええ、たまに。
あれは、メジロかしら。
傷だらけのツノでお客様の前に出るわけにはいきませんでしょ。
だからあわてて。

あ、ごめんなさい、お煙草はお断りさせていただいてるんです。
煙にまかれると、しおれてしまいますの。
ええ、クターっと。ごめんなさいね。
あ、トモミちゃん、氷おねがーい。
・ ・・そう、トモミちゃんにはありませんの。
ツノさえあれば、申し分ない娘なんだけど、こればっかりは、ね。

女だけだと何かと大変で。
この間も、ガラのよくない方たちがお店にきて、因縁をつけはじめたの。
あんまりしつこいから、私もツノまで血がのぼっちゃって、
プスっと刺して追い返してやったんですよ。
そのときは恐くなかったんだけど、
その人たちがいなくなった途端にフニャってなっちゃって、
腰も、ツノも。
いつもは、商店街の入り口にいるおまわりさんや、
近くのお店の方たちが助けにきてくれるんですけど、
その日は会合であいにく誰もいなくて。

ご近所の方たちには、本当によくしていただいているんです。
子供のころから石を投げられるような生活を送っておりましたでしょ。
ときには豆も。
でも今は本当に幸せ・・・ごめんなさい、
年をとると涙もろくなっちゃって、やあね。
やだ、しおれちゃったわ。
煮すぎたタケノコみたいでしょう。はずかしいわ。
すぐ元に戻るから、心配なさらないで。

・・・ええ、苦労ならたくさん。
会社勤めのころなんか、
「ツノのある女の企画書が読めるか」とか、
雷が落ちれば「お前のせいだ」とか。
でも泣き言は絶対に言わなかった。
とんがってたわ、私も、ツノも。

でも悪いことばかりじゃありませんのよ。
例えば寒いときなんか、ツノに毛糸を巻くだけで、
全身が温かくなりますの。
それに吉岡さんと出会ったのも、このツノがあったからですし。

若いとき山でハイキングしていましたらね、
猟銃で狩りをしていた吉岡さんに間違って狙われちゃったの。
鹿と間違えるなんて、ひどいでしょ。
運良く急所は外れたからよかったんですけどね。
でも傷が治るころには、違う意味で狙われちゃって、
それから違う意味で撃ち抜かれちゃって。うふふ。

あら、やだ、吉岡さんからお聞きになりました?
私、この年で初婚なんですの。
吉岡さんのお嬢さんがお嫁にいくまでは、
って待っていたんですよ。
もう昔とは違うからと言っても、
私が家族になることで、いろいろと差し支えがあるといけませんでしょう。

・・・あ、元に戻りました?よかったわ。
若い頃は三分もすればしゅっとなったんだけど、
最近は半日くらいかかっちゃうこともあるの。
・・・まあ、どうしましょう。
普段はタッチはお断りさせていただいてるんですのよ。
でも、わざわざ熊本からいらしたんですものね。
じゃ、特別サービスしちゃおうからしら。
ハイどうぞ。慌てずゆっくり、お気を付けてね。
チクっとしますから・・・きゃっ、大変。
トモミちゃん、オキシドール持ってきてちょうだい。早く。
だから気をつけてって言ったのに。
見かけよりも、トキントキンなんです。
トモミちゃん、私のツノのことは後でいいから。
ああ、よかった、たいした傷じゃなくて。

ふふ、ふふふ。
あらやだ、こんな時に、ごめんなさい。
吉岡さんも昔は酔っぱらって、よく血まみれになっていたな、
って思い出してしまって。
よくこんな女をもらう気になったものですわ。

・・・いいえ、一度はたたむことも考えたんですけど、
商店街のみなさんから残してほしい、ってお声をいただいて。
ママはトモミちゃんにまかせることに。
だからお店の名前は『ツノのないママのいる店 トモミ』に変わりますの。
サービスは変わりませんので、今後ともごひいきにしてくださいね。

・・・え、頭のてっぺんが?むずむず?
ちょっと見せてくださる?
・・・あらまあ、もう生えていらしたのね。
でもご安心なさって。
痛みがあるのははじめだけ。
十日で小指くらいの大きさになるかしら。
吉岡さんなんて、もう二十年ものだから、
あんなに立派になっちゃって。
ま、そこに惚れたんですけど。なーんてね。
・・・あら、生えてくるって、ご存知なかったの?
でも吉岡さんよりも彫りが深くていらっしゃるから、
きっとお似合いになられますわ。
好きになっちゃったらどうしましょ。
なーんてね。ほほほほほ。

書き手 山田