『犬のおまわりさん』
犬のおまわりさんは困っていました。
いつもなら、クンクンとにおいをかげば、
三軒先にある中華料理屋で
何を作っているのか分かるほどなのに、
今日は朝から何もにおわないのです。
念のため店の前を通ってみましたが、
いつも通り営業中。
軒先につるされたチャーシューに鼻を近づけてみましたが、
とくに興奮しません。
商店街の人たちは、
犬のおまわりさんの鼻をとても頼りにしていました。
ドロボウが入っても、犬のおまわりさんがにおいをたどり、
ドロボウの自宅まで突き止めて、
お金や店の品物を取り戻すことができたのです。
犬のおまわりさんがいれば、
いくらドロボウが入っても平気でした。
犬のおまわりさんは、病院にいきました。
すると「アレルギー性鼻炎」と診断されました。
犬のおまわりさんは、商店街のみんなに言いました。
「ホンカンは不覚にも鼻がきかなくなってしまったので、
引退を考えておる次第であります」
しかし商店街のみんなは引き止めました。
犬のおまわりさんの活躍は、
鼻がきかないことを差し引いても、
あまりあるものだったからです。
犬のおまわりさんは困っていました。
わんわん、と大きな声で吠えることが
できなくなってしまったのです。
犬のおまわりさんが、わんわん、と吠えることによって、
ドロボウをしようとしている悪い人も、
お年寄りに高価な布団を売ろうとしている悪い人も、
しきりに機種変更をすすめる悪い人も、
みんなこわくなって逃げ出してしまい、
商店街には悪い人が入ってきませんでした。
犬のおまわりさんは、病院にいきました。
すると「ポリープができています」と診断されました。
ミュージカルスターになる夢は、ここで散りました。
犬のおまわりさんは、商店街のみんなに言いました。
「ホンカンは鼻がきかないうえに、
わんわんと吠えることもできなくなってしまったので、
引退を考えておる次第であります」
しかし商店街のみんなは引き止めました。
犬のおまわりさんがわんわんと吠えることで、
商店街じゅうの犬たちが吠えだし、
やかましくて眠れない夜もたびたびだったので、
うれしいくらいでした。
犬のおまわりさんは困っていました。
走れなくなってしまったのです。
犬のおまわりさんは病院にいきました。
すると「アキレス鍵が切れています」と診断されました。
犬のおまわりさんは、商店街のみんなに言いました。
「ホンカンは鼻がきかず、吠えることも、
走ることもできなくなってしまったので、
引退を考えておる次第であります」
しかし、商店街のみんなは引き止めました。
「お前いつも自転車じゃん」
と思ったからです。
鼻がきかず、吠えることも、走ることも
できなくなった犬のおまわりさんは、
おおいに悩みました。
犬のおまわりさんに、さらに困ったことが起きました。
しっぽが動かなくなってしまったのです。
病院にいくと、「自律神経失調症」と診断されました。
犬のおまわりさんがしっぽをふるときは、
交通事故がゼロだった日、
ドロボウが入らなかった日、
迷子がいなかった日・・・。
商店街の一日が平和にすぎているとき、
犬のおまわりさんは、
機嫌よくしっぽをふっていました。
犬のおまわりさんは、商店街のみんなに言いました。
「鼻もきかず、吠えることも、走ることも、
しっぽをふることもできなくなったホンカンは、
引退を考えておる次第であります」
商店街のみんなは、うん、とうなずきました。
犬のおまわりさんは紺色の制服を脱ぎ、
バッヂをはずし、拳銃の弾を抜きました。
そのとき、商店街の組合長が言いました。
「組合の会合で話し合った結果、
あなたを飼うことにしました」
組合の人たちは、商店街に犬小屋をつくれば、
犬のおまわりさんにいてもらえる、と考えたのです。
犬小屋にするということは、
ペットになる、ということですから、
その日をさかいに、犬のおまわりさんには名前がつけられました。
居酒屋で話し合った結果、ポチになりました。
ペットになったということですから、
パトロールをしたり、
ドロボウをつかまえたり、
迷子を探したりすることはなくなりました。
首輪でつながれ、商店街の人たちからエサをもらい、
昼寝ばかりするようになりました。
商店街のみんなは
「正直めんどくさいなあ」
と思っていましたが、
ポチがしっぽをふっているのは、
商店街が平和な証拠。
商店街のみんなは、
風とあそぶポチのしっぽを見ながら、
今日も商売に励むのでした。
書き手 山田