『がんこおやじの店 おふくろ』

その店のおやじは、がんこだった。

そのがんこさは生半可なものではなく、
商店街じゅうの人たちが
「あなたはがんこだ」
と言っても、
「俺はみんなが思ってる程がんこではない」
と、がんとして譲らないほどだった。

がんこおやじの店では、
おふくろの味を自慢としていた。
おふくろの味以外はいっさい出さない、
というがんこさだった。
ほんの少しでもおふくろっぽくない味の料理があったら、
そのほかの料理がすべておふくろっぽい味であっても、
がんこおやじは店を開けなかった。
みんながおいしいと舌鼓を打っても、
あまりおふくろっぽくない、
とがんこおやじが判断すれば、
すべて捨てられた。

がんこおやじは割烹着を着て、三角巾をかぶっていた。
ビジュアルもおふくろっぽく、
とがんこにこだわったのだ。
店にお客が入ってくると、
「おかえり」と迎えた。
おふくろっぽくである。
がんとして「いらっしゃいませ」
とは言わなかった。
それではおふくろっぽくないからである。
お客は「ただいま」と言わなくてはならなかった。
「ただいま」と言わない客がいると、
がんこおやじは「帰ってくれ」と言った。
お客も、がんこおやじが演じるおふくろの、
息子もしくは娘になりきらなければならなかった。

そして椅子に座る前に、がんこおやじは必ず
「手を洗ってうがいをしてきなさい」
と、おふくろっぽく言った。
これも、『おふくろ』の
おふくろの味を引き立たせる演出のいっかんなので、
お客はだまって、手洗いとうがいをしにいかなければならなかった。

毛糸のカバーがかけられた椅子に座ると、
目の前には、しょうゆ、ソース、塩、マヨネーズが、
市販されている容器のままに並べられていた。
これも、がんこおやじが考案した、
おふくろっぽさのひとつであった。
メニューはない。
おふくろが出す料理には、
たいしたレパートリーがないからである。
有無を言わさず、その日のコース料理が出された。

コースの一品目は、「昨日の残り物」。
毎日何かしらの料理をあまらせておき、
翌日に出すことに、がんこおやじはこだわった。
いくら注文がきても、翌日のぶんをとっておくために、
「もうない」と言った。
鍋の中にあるのが丸見えでも、
がんこおやじは
「ない」とがんこに言い張った。
そうしないと、「昨日の残り物」という、
じつにおふくろらしい一品が出せなくなってしまうからである。
「昨日の残り物」には、
皮がベトベトしている餃子や、
煮込みすぎて具がなくなってしまったシチュー、
タレがゼリー状に固まってしまった煮物、
などが出され、どれも冷めていた。
しかしお客はだまって食べるしかなかった。
がんこおやじは、おふくろがそうであるように、
食べ物を残すことを許さなかった。

がんこおやじは、料理を出す器にもこだわった。
けっしてそろいの器は使わなかった。
柄は、淡い色の花模様があしらわれていたり、
見たことのない犬のキャラクターが笑っていたり、
水墨画のようなタッチで金魚が描かれていたりした。
これらはすべて、もらいものでまかなう、と決めていた。

がんこおやじは、料理の味付けにも、もちろんこだわった。
調味料は塩、砂糖、しょうゆ、酒、みりんのみ。
間違っても、ローリエやナツメグなどは使わない。
基本的に茶色。
間違っても、きぬさやや紅ショウガで色どりを加えたりしなかった。

コースのしめは、がんこおやじ特製おじや。
がんこおやじは、おじやのかたさにがんこにこだわっていた。
がんこおやじのつくる『おふくろ』のおじやは、
おふくろっぽさにおいては他の追随を許さなかった。

飲み物は、麦茶以外は絶対に出さなかった。

がんこおやじには、頭を悩ませていることがあった。
それは、お客がこない、ということである。
こんなにこだわりを持っているのになぜだろう、と考えた。

がんこおやじは、久しぶりに実家に帰ってみることにした。

がんこおやじのおふくろもまた、がんこだった。
がんこおやじが幼いときから
「おふくろはがんこだ」と言い続けていたのだが、
「私はお前が思ってる程がんこではない」
と頑なに否定し続けるほどだった。
がんこおやじのおやじは、そうでもなかった。

夕食の時間になり、
がんこおやじのおふくろの料理が食卓に並べられた。
がんこおやじは、久々におふくろの味を味わった。
そのとき、がんこおやじはあることに気づいた。
がんこおやじのおふくろは、
料理の腕がいまいちだったのだ。
おふくろのなかにも、
料理が上手なおふくろと、
下手なおふくろがいて当然である。
がんこおやじは、おふくろの味を忠実に再現していたので、
ふたつの意味で
「これはまずい」と思った。

がんこおやじがおふくろにそのことを伝えると、
「私は下手ではない」と頑なに否定した。
しかし、がんこおやじは、
「誰が何と言おうと絶対に下手だ」と譲らなかった。
がんこおやじのおやじは
「うまくもないがまずくもない」と言った。

しかし、いくらおふくろの料理がまずいからといっても、
がんこおやじの店の名前は『おふくろ』である。
これまでのおふくろの味をそうやすやすと変えてしまっては、
がんこおやじの名がすたる。

今日も店には客が来ない。

がんこおやじは、がんこなおふくろをうらみながら、
おふくろの味をがんこに守り続けている。

書き手 山田