『餅兵衛』
『餅兵衛』では、とびきりうまいお餅を一年じゅう売っていた。
『餅兵衛』のお餅づくりは、すべて夫婦ふたりの手作業。
まずは、土間にあつらえたかまどに薪をくべて火を起こし、
もち米を蒸す。
蒸しあがったもち米を石臼にあけ、
杵の先端を水でちょいと濡らしてから、
押し付けるようにこねていく。
もち米どうしが少しなじんできたところで、一気につく。
威勢よく、リズムよく、ぺったん、ぺったん。
杵をふるのはダンナさん、手返しはおかみさん。
つきたてのお餅は、つやつや、ほかほか。
商店街の人たちは、つきたての時間を見計らって買いにいくため、
その時間帯になると、あちらこちらで“休憩中”の札がかかった。
そればかりか、餅をつく音が聞こえてくるだけでそわそわしてしまい、
商売が手につかないほどだった。
そのお餅に魅了されてしまった、ひとりの青年がいた。
イタリアから日本に旅行にやってきたアントニオーニという名の男。
彼は『餅兵衛』のお餅を一口食べたとたん、
心のすべてを奪われてしまった。
そして、その場で辞書をひきながら
「オモチガスキナタメ、シュウショクサセテクダサイ」
と言った。
その青い瞳があまりにも真剣だったので、夫婦は
「いいですよ」
と答えた。
さっそく次の日から、アントニオーニは『餅兵衛』で働きはじめた。
毎日毎日、朝早く起きて、冬の寒いときも冷たい水でもち米を研ぎ、
夏の暑いときも汗を流しながら杵をふった。
そして毎日、つきたてのお餅を食べた。
つきたてのお餅は、口に入れた瞬間に、
異国での苦労をすべて忘れさせた。
しょうゆ、きなこ、あんこ、大根おろし、
どの味も大好きだった。
これぞ東洋の神秘、と感動がやむことはなかった。
陽気な性格のアントニオーニは、
商店街のみんなともすぐに仲良くなった。
お餅を買いにきた奧さんたち全員に
「キョウモトッテモキレイデスネ」
などの言葉を忘れなかったので、評判も上々。
商店街組合の会合では母国のワインをふるまい、
ダンナ連中とおおいに盛り上がった。
「アントニオーニのつく餅はとってもヴォーノ」
と噂が広まり、『餅兵衛』はますます商売繁盛。
そして季節は一巡した。
そのころアントニオーニは、ぼうっとしている事が多くなった。
『餅兵衛』のダンナさんとおかみさんは
「ホームシックにでもかかったのだろうか」
と心配していた。
しかし、ぼうっとしている原因は、まったく違うものだった。
アントニオーニは、常にある衝動にかられていた。
石臼の中にある白くてやわらかい物体に粉を打ち、
空中に飛ばして、手の甲やひじをうまいこと使って薄くのばし、
その上にチーズやトマトやバジルをのせてオリーブオイルをかけ、
オーブンで焼きたくなってしまうのだ。
アントニオーニは、つきたてのお餅を見るたびに
そのことばかりが頭をめぐり、
ぼうっとしつづけていた。
あまりにぼうっとすることが多くなったため、
ダンナさんとおかみさんはアントニオーニを呼んで、
理由を問いただした。
アントニオーニは、かくかくしかじか、と白状した。
ダンナさんは
「そんなうわついた心じゃあ餅はつけない」
と言い、おかみさんは
「今度ぼうっとしていたら、もうお餅を食べさせてあげません」
と言った。
アントニオーニは、大好きなお餅が食べられなくなっては困ると思い、
「これからは他事を考えないで餅をつきます」
と約束した。
アントニオーニは、邪念をふりはらうかのように、
一心不乱に餅をついた。
チーズのことも、トマトのことも、オリーブオイルのことも、
すべてを忘れようと、力の限り杵をふった。
しかし、餅をついているときはよいのだが、いざつきあがると、
やはりその柔らかくぽってりした物体を、
薄く伸ばしたくなってしまうのだった。
ある日、とうとうがまんできなくなってしまったアントニオーニは、
つきあがったばかりの餅を両手でつかみ、
ぴゅーんと空中に放り投げた。
手の甲とひじを持ち上げ、
まさに餅がその部分に到達しようとした瞬間、
ダンナさんの
「こらあっ」
という怒声がとんだ。
餅はアントニオーニの体に触れることなく、
“べたんっ”と床にたたきつけられた。
だらしないホームベースのようになった餅を見つめながら、
ダンナさんは
「クビだ」
と言った。
その日のうちに荷物をまとめ、
アントニオーニは『餅兵衛』を去った。
しばらくして、『餅兵衛』の向かいに、
白と緑と赤のカラフルな看板が掲げられた。
看板には『ピザ兵衛』と書かれていた。
店主はもちろん、アントニオーニ。
アントニオーニの焼くピザはうっとりするおいしさで、
商店街の人たちは、ピザが焼き上がる時間を毎日心待ちにした。
ピザが焼き上がるまでの間、
アントニオーニはギターをつまびいて歌をうたったり、
女たちを口説いたりしながら陽気に過ごした。
一方の『餅兵衛』も、お餅がおいしいことに変わりはないので、
相変わらず繁盛していた。
以上、「餅は餅屋」というお話でした。
書き手 山田