『パンのスマイル』

『パンのスマイル』の店主は、いつもぷりぷり怒っていた。
それは、大嫌いなパンを毎日作らなくてはならないからだ。
パンというものの味、におい、形、感触、すべてが嫌いだった。
“パン”という言葉さえも。
白と黒の丸っこい動物、
スソの広がったズボン、
三人組の男が財宝を盗もうとするアニメ。
手を叩く音、風船が割れる音を聞くだけでもムシズが走った。
客がパンを買いにくるたびに、
「日本人なら米を食え」
と腹を立てていた。

昼のあいだ、ずっとぷりぷり怒っているので疲れてしまい、
夜は早く寝た。
ぐっすり眠るのだが、日の出の時間になると夢のなかに
大嫌いなパンが出てきてしまい、目が覚めてしまう。
大好きなご飯とみそ汁をかっこんで店の厨房に向かうと、
大嫌いなパンを作るための小麦粉、酵母、バターなどが
店主を待ちかまえていた。
それらがとてもにくらしかったので、
「このやろう、このやろう」と、
怒りにまかせて手早く混ぜた。
そして、鬼の形相で作業台にたたきつけ、
「こんちくしょう、こんちくしょう」と言いながらこねた。
それをしばらく放っておくと、
パン生地は勝手に膨らんでふてぶてしさを増し、
さらに店主はうんざりした。

はじめに取りかかるのは「アンパン」。
鍋にたっぷり入っているアンコを少しでも早くなくしてしまおうと、
パン生地を乱暴にちぎって詰めていった。
それこそ親の仇のように、ぎっしり、どっさり、
これでもかというほどアンコを入れた。

次に「カレーパン」。
パンのにおいも大嫌いな店主は、カレーに香辛料をたっぷり入れて、
それをかき消そうと考えた。
世界各地から珍しい香辛料を取り寄せては鍋に放り込み、
火にかけっぱなしにして、これでもかというほど煮込んだ。

それから「ジャムパン」。
大嫌いなパンのために、わざわざイチゴを買いに行くのもバカバカしい、
と考えた店主は、庭の温室でイチゴを栽培した。
収穫したイチゴは鍋にそのまま投げ込んだ。
砂糖などという高価なものは、もったいないので少なめにした。

それでもまだ大量に余ってしまうパン生地は、
レンガのような形に整えた。
めんどうだったので、その四角いものの中には何も入れなかった。

頭にカッカと血が上っているせいだろうか、
オーブンは高い温度に熱せられ、パンはこんがりと焼けた。
「テカテカ光りやがって」
と、店主はまた腹を立てた。

ひときわにくたらしい四角いパンは、ペラペラに切ってやった。
どうにかしてパンの味をなくそうと考えた店主は、
ぐちゃぐちゃにかき混ぜたゆで卵や、
ぶ厚いハムやレタスをはさんだ。
存在感の薄くなったパンを見て、
「ざまあみろ」と思った。

こうして出来上がったパンたちのせいで、
厨房はものすごく嫌なにおいが漂っていたので、
すぐさま売り場に出した。
整然と並んだパンを見て、店主はぞっとした。

一刻も早くパンをなくしたかった店主は、
「近所のガキたちにくれてやろう」と考えた。
トレーに焼きたてのパンをのせ、お腹をすかせた子供たちにばらまいた。
厨房の作業台に残っているパンくずやパンの耳さえも許しがたく、
「これでもくらえ」と庭に投げ捨ててやった。
小鳥や猫や犬にガツガツ食べられている無残な姿のパンを見て、
「してやったり」とほくそ笑んだ。

お昼どきになっても、まだたくさん残っているパンを前に、
店主の怒りは頂点に達した。
「力ずくでも、お前らをここから追いやってやるぜ」
とパンにつぶやき、店主は店の前に仁王立ちした。
「パンはいかがですか」
商店街を行き交うすべての人々に声をかけた。
それだけではなかなかパンがなくならないので、
「安くておいしいパンですよ。ふっくら焼き立てですよ」
と大きな声をはりあげた。
早くパンをなくしたいと思うあまり、
仕方なく、とびっきりの笑顔をふりまいた。

夕暮れがくる前に、パンはほとんどなくなった。
最後のひとつをお客さんの手に渡した後は、
「パンめ、跡形もなく始末してやるわ」と、
お店や厨房をぴかぴかに磨いた。
 
あるとき、商店街のパンフレットで『パンのスマイル』が紹介された。

“毎日焼きたて、ふっくらおいしい『パンのスマイル』。
アンコがぎっしり入ったアンパン。
世界のどこにも売っていない幻のカレーパン。
採れたて新鮮イチゴをつかった甘さひかえめのジャムパン。
具がたっぷりのサンドウィッチ。
夕方に売り切れてしまうので、お早めにきてくださいね。
商店街イチの働き者、子供や動物にも大人気、ニコニコ笑顔の店主がお出迎え”

と、書かれ、店主の顔写真が載っていた。

「これを見てお客さんが増えたら、
大嫌いなパンをもっとたくさん作らないといけないじゃないか」
と店主はぷりぷり怒ったが、
写真の顔がなかなかハンサムだったので、
「ま、いいか」と思った。

書き手 山田